祖父・唯是日出彦の生涯について、「唯是日出彦と軍用犬」というテーマで記事を書いています。その5です。
前回は、日出彦が犬を題材に詠んだ俳句をご紹介しました。今回は、大東亜(太平洋)戦争末期における軍用犬の様子を探ってみましょう。
1943(昭和18)年、戦況の悪化とともに、犬を始めとする畜類への風当たりが強くなっていきます。国民の食糧供給さえままならぬ時代、畜類の飼料も不足し、犬への飼料配給が困難になります。また、米軍による都市への空襲も始まり、全国各地の動物園は営業不能に陥り、動物の殺処分が行われます。朝鮮総督府では、不足する毛皮類の代替品として犬の毛皮の利用を模索し始めます。
1944(昭和19)年、何月かは不明ですが、帝國軍用犬協會(KV)が活動停止。そして、厚生省および軍需省の旗振りで、戦中最大の犬の悲劇ともいえる悪名高き政策、畜犬毛皮の供出が始まります。さらに悪いことに、衛生環境の悪化から東京で狂犬病が流行し、大量の犬が殺処分されます。
このように悪化する状況を、愛犬家の日出彦が快く思ったわけがありません。文筆家として筆を折り、訓練士・検査官としての活動もやめてしまいます。KVの機関誌『軍用犬』において確認できる、日出彦に関する最終記事は、第12巻第1号(1943〈昭和18〉年1月)です。

「ドーベルマン輸入牡犬の殘した足跡」という記事にコメントを寄せています。これを最後に、沈黙の時代へ入ったのです。
その7へつづく


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